4ヶ月。梅雨明け。
あの日から4ヶ月経ちました。
天の神様は知ってか知らずか,
被災地に梅雨明けと猛暑という新たな試練を・・・
あの日は・・・・本当に寒い日でした。
外に避難した自分たちの頭と肩に降り積もった雪。
家族の安否を確認したいのに・・・
心配してくれる友達からのメールに返信したいのに・・・
寒くて寒くて手がかじかんで,
まるでゴム手袋を10枚も重ねているみたいに
指先の感覚がまったく無くなり
何度も打ち直したのに,まともな文章にならずにあきらめた。。。
その日に限ってダウンジャケットを家に忘れた(泣)
雪で濡れたパーカーの上にフリースのジャンパーを着て
それでも震えが止まらなくて。。。
よほど寒そうに見えたのか,同僚が防寒着を貸してくれた。
自分だって寒かったはずなのに。
一晩中,体をさすってもさすっても暖まらなくて
眠いのに寒さで目が覚めて。。。
あんな辛い夜は,もう二度と経験したくないけど
あの時の心の温かさは一生忘れない。
あの日から4ヶ月。
季節は過ぎて夏になった。
この暑さはいったい何だ。。。
避難所の生活は,どんなに辛いだろう。。。
仮設住宅での孤独死も起きてしまった。
わたし・・・今のままでいいのかな?
気仙沼の友達は,幼子を抱えながら
暑さと悪臭と虫の中で,たくましく生きている。
先日,気仙沼港に初水揚げされたカツオを送ってくれた。
彼女は自分のことだけでも大変なのに
私は何も役に立っていないのに・・・・・
ただただ,有り難くて,頭を下げながらいただいた。
本当に本当にありがとう。
被災地はさ。。。
政府ば待ってらんねーがら
自分達で頑張るしかねぇのさ。
避難生活を送りながら,女川のために
頑張ってる山田さん(←ローカルだけど有名人ね)が
言っていた。
県南のイチゴ農家の方は
再起をかけて北海道に渡った。
朝夕,すれ違う県外ナンバーの車。
遠くは九州から支援に来てくれている。
毎日毎日,暑い中ありがとうございます。
みんなみんな,こうして頑張ってるのに
永田町には未だ届かず。。。
もう4ヶ月だよ。。。
この記事へのコメント
松島・・・鐘楼流しになったんですね。
政治家を見ていると、一人一人自分の個人マネーで、被災地を見に来てほしかったと、思います。自分の目で見ていたら、映像との違いを少しは、感じてくれた方もいたのでは・・・とか。
現地の直接の声も聞こうとせずに、自分達の利権だけを追っているようにしか、見えません。
それも、税金を使って・・・。
石巻に初めて足を運んだ時、現地の被災者は、本当に強いし、タフだなぁ~と、思いました。
知り合いは、こつこつ、泥を家の中から運び出していた。運んだ泥は、それこそ、塀のように積み上げられていた。毎日毎日、この作業の繰り返しだったんだろう。
そんな知り合いが、「うちはね、家が残っているし、家族が全員無事だった・・・。」そうつぶやいていた。
そして、その先へ進むと・・・そこに家があった事も信じられない光景。
永田町の中の何人が、直接自分の目でこの様子を見ただろうか?足を運んで声を聞いていっただろうか?
税金で食ってるんだ、せめて、自費でそれくらいしても良いだろう・・・そう感じてた。
あの人達は、所詮、自分達は、暖房やエアコンがきいた場所にしかいないんだ。
今年は、申し訳なくって、エアコンも使えない気がしている。避難所で暑さと戦う方達を思えば・・・汗をかいたら、シャワーを使えるただそれだけの事にも、ありがたさを感じる。
それぞれのできる事で・・・そのくらいしかできる事なんだ・・・。
永田町にいる数百人の「先生」と呼ばれる人達全員に現場を見てほしかった。本当にそう思います。
あの人達が今まで誰のために働いていたのか?今回の震災ではっきりしましたよね。被災地選出の議員でさえ,この有様ですから。みんな握り拳を心の中に隠して頑張ってるんですよ。それさえ分からず,相変わらず偉そうにしているなんて,ある意味ずいぶんと気の毒な人種だなと感じます。
昨日は牛の内部被爆で大騒ぎ。そんな事さえ想定できないオバカさんたちですもん。しかも問題は牛だけか?見離した動物はもっと沢山いただろ??人間の口に入らなければ見殺しなのかよ。。。
黙って言うこと聞いていたって前に進めないから自分たちでやってんだ!そんな私らの最後通告さえ届かない恐るべし永田町。
それでも,甘い汁を吸ってきた人は,もっと甘い蜜を求めて群がり続けるのでしょう。勝手にやってろって話です。
自分ができる小さいことから,積み重ねていきたいです。