Days with Lovely dogs

アクセスカウンタ

zoom RSS 終戦記念日・・・じいちゃんの思い出

<<   作成日時 : 2006/08/15 20:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

今日は終戦記念日。
総理大臣が靖国神社を参拝したので,朝から世の中は大騒ぎ。

幸いというか,私には戦死した身内が(たぶん)いないので靖国神社は身近な存在ではない。小泉さんの参拝に賛成とか反対とかよく分からない勉強不足の人種だ。
でも賛成派も反対派も「戦争は二度と繰り返してはならない」という思いは同じだよな〜と,朝から引き続くニュースを見ながら思っていた。

終戦当時3歳だった母も,空襲警報が発令された後,防空壕に逃げ込んだ記憶が鮮明に残っていて,私が子供の頃はよくその話を聞かされていたものだ。母方の祖父は終戦後に家に戻ってきたが,マラリアに感染し,震えを止めるために祖母が布団の上から覆い被さっていたという話も聞かされた。戦争は恐ろしく悲しいものだと幼心に思ったものだった。できたら,私の息子達にも戦争の悲惨さを話してほしいと思っている。

私が生まれた時には父方の祖父母と,母方の祖母は亡くなっていたので,母方の祖父だけが唯一「じいちゃん」と呼べる存在だった。じいちゃんは,私が子供の頃は1人暮らしをしていたが,年を取ってからは長男である母の弟家族と同居していた。核家族の私にとっては年に何回か私の家に泊まりに来てくれる,じいちゃんと一緒に過ごす数日が楽しみでもあった。椿の花の芯が甘いということを教えてくれたのも,じいちゃんだった。

高2の秋,じいちゃんが死んだ。すでに父が亡くなり車がない私たちはタクシーで30q先の叔父の家へ向かった。ベッドの上で冷たくなったじいちゃんが横たわっていた。すぐに死に水を取った。同居していた従兄弟から「じいちゃんの手には戦争の時に銃で撃ち抜かれた傷があった」と聞かされ,そんな話を全く知らなかった私は,じいちゃんと一緒に過ごせた従兄弟が羨ましいと思った。

身内でたった1人,戦地を経験したじいちゃん。生きていたら94歳。曾孫の顔を見てほしかったなぁ。

ちなみに,86歳の義母。歩けなくてもまだまだ元気・・・。なんと申しましょうか・・・?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
終戦記念日・・・じいちゃんの思い出 Days with Lovely dogs/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる